リレーコラム

  • 竹之内 康夫「春夏秋冬 」

    映画『サンゲリア』は、生きている死体たちが暴れまくるゾンビ映画だった。自由が丘武蔵野館(2004年2月閉館)に観客は2、3人だけ、恐ろしい場面が繰り返されるばかりで、後味の悪い夢を見たされたような覚えがある。あれから30年、いよいよ死についての思いがふと頭を過ぎる年齢をむかえた。ゾンビのような亡者になって悪さをする性質ではなさそうだが、一休が戯画化した成仏などくそ喰らえとばかりに煩悩に生きる骸骨の資格はありである。
    今日、秋の日にくすむ庭を前に振り返ってみれば一年の短さ。それでも、椿、山吹、紫陽花、萩、金木犀などが四季折々に小さな庭に彩りを添えてくれた。苗木を植えてみたり、成長を見ながら植え換えてみたり、いつも庭いじりを愉しみながらただ一人眺めては悦に入っている。
    小学生の頃、夏休みは40日間のほぼ全てを田舎で過ごした。浅草から東武鉄道で一時間強の、今は東京のベッドタウンとして市に成長した田舎町で、木造の駅舎の中から停車場の向こう見れば一面に麦畑の風景が広がっていた。朝の勉強を簡単に済ませ、後は蝉や蜻蛉採りをしたり、天日に干す梅干をつまんだり、映画館が呼び込みのために休憩時間に拡声器から流される島倉千代子の歌声を聞いたりの毎日だった。暑い昼下がりには扇風機と蝉の声を聞きながらの昼寝、しかしなかなか寝付けなかった記憶がある。横になりながら床の間の掛け軸の、連なる山を望み、下る川とその縁にたつ茅屋、山路を急ぐ人などを懐かしい気持ちで見入る自分を、今、庭を眺めながら思い出している。
    鎌倉か室町時代にまとめられた庭づくりの古典というべきものに『作庭記』がある。庭づくりの体系化に、仏教、儒教、陰陽五行説などを援用する一方、冒頭で「風情をめ(ぐらして)、生得の山水をおもはへて」と記し、自然の風景を手本に考えて、と庭づくりの基本を述べる。以下、庭を構成する石、池、山、樹などそれぞれの扱い方や禁忌について説明し、池や遣水のないいわゆる枯山水を含めた庭園論を展開している。そして単刀直入に、庭師の言葉(口伝)が継承されていくための第一義として自然の風景を挙げる。それは今も異議を唱えることなく、誰もが同意できるところにある。ただ、中世の寝殿造りや寺院の庭園づくりとしてまとめられた古典としての制約から、全体としては素人の庭いじりと目盛りを合わせることには無理がある。
    『作庭記』などを知ることもなく、庭づくりに興味を抱くこともなかった40年前の初対面から印象強く忘れられない庭がある。京都市左京区にある足利義満が開いた鹿王院の嵐山を借景とした枯山水庭園で、そこには石組や植え込みはあっても小石や白砂は用いず、杉苔を中心とした苔が庭一面を覆っていた。
    樹に千びきの毛蟲ではないが、今年も庭の椿には茶毒蛾が発生し、躑躅の葉に青虫、土をいじれば地中に蚯蚓といたるところ生命が溢れるている。白石を敷いた塵のない庭園として有名な龍安寺石庭などとは正反対の、鹿王院の苔に覆われ生命が露出する世界こそが『作庭記』の「生得の山水」と記した自然そのものの正体である、と考える。春、夏には草木にたっぷりと水を遣り、茶毒蛾をはじめ葉や枝に付いた虫は見つけたところで退治した。秋になり、葉、茎が枯れてしまったものもあるが、もちろん枯れ死ではない。これらの全てが整然と営まれる自然の中で、枯れ、朽ち、腐り、終わり、放置された庭は回帰する生命に祝福を受けながら冬を越していく。
    満員電車に乗っての通勤途中、見馴れた風景とともに人間もまた自然に支配されている、との思いに至る。自然は人間を支配する。しかしまた、人間も自然を支配することに全能力を注ぐ。都会は小石、白砂で覆われた石庭のように、ものの見事にビルや道路が覆い尽くし、また人間は樹のように黙して地に立ち、虫たちと同じように動き回る。
    白状すれば、レイ・ブラッドベリの『火と霜』の中で主人公が「夢で見たことが事実ならば、その光景は全くの作りごとではないはずだ」と確信する言葉が、自分が見ようとし、自分を実現しようとすることの支えであった。しかし今、これを啓示のごとく暗唱しながら過ぎた日々と、未だ見ぬ夢の繰り返しに一人反省する。願わくは、夢が目を覚まし見る光景にあるからこそ、ともに夢を確認し合うことに力を与えたまえ、と思うのである。

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    (左):鹿王院/かつての杉苔の勢いが感じられない。お寺でもどうしたものか、と心配していた。 (右):龍安寺

    (注)
    『作庭記』:1973年岩波書店刊「日本思想大系23古代中世芸術論」に所収。
    『火と霜』:1967年早川書房刊「S-Fマガジン97号」にレイ・ブラッドベリ/永井淳訳で掲載。東京創元社の創元SF文庫『ウは宇宙船のウ』に『霜と炎』として大西尹明訳により収録。

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