「私はね、むかし、建設業で働いていたんですけどね。ちょうど、ほら、あそこのカーブあたりで、土木作業をしていたんですよ。」
新潟弁を少し和らげながら、タクシー運転手は言った。
車は切り立った崖のふちをなぞりながら走る。あたりは緑一色。車一台通るのがやっとの山間の道を走り、突然視界が開けると、急な崖の連なりにできたいくつもの棚田が目の前に広がる。崖を切り開いて作った人工の絶景。ちょうど、巨大なコロッセウムに似た、すり鉢状のくぼ地に、緑色が階段の上をゆるやかに流れ落ちているようにも見える。それを囲む山々の重なり。山は棚田を懐に抱えている。
真夏の一日。田んぼの稲は深い緑色に呼吸している。
「外で働いていてね、昼飯のあとに、昼寝をしていたんですよ。」
ドライバーの視線の向こうをたどると、遠くには道路わきの小さな更地が見える。黄色い土がむき出しの土地は今でも工事中のようだ。緑色の崖に沿って走る道路。崖の向こうには、とんがり帽子の山の輪郭がいくつも垂直のジグザグになって空を突き刺している。
「ふと目が覚めるでしょ。そうすると、崖の向こうにある山と山の間を船が行き来しているんです。右から左へとゆっくり進んでいる。ちょうど、船が空に浮かんでいるようで。さて、なんだろうなあ。と思って不思議に見ていたんです。」
車の窓越しに見る山と山の間は、白い霧でかすんでいて、夕方の太陽がパウダー上に紅を浮かべていた。そこに灰色のぼんやりとした船の輪郭を貼り付けてみた。
タクシー運転手は、まるで今朝の朝食の献立を伝えるように淡々と、しかし変わらぬ日々の幸せを遠方から来た来客に伝えるように穏やかに語る。
「すごく天気がいい日で、空気が澄んでいたから、日本海が山と山の間のずっと向こうに見えていたんですよ。その日本海に浮かぶ船も。」
昼寝から目覚めたばかりの、うつろな網膜に写った空中船の繊細な映像は、今でもタクシー運転手の脳裏に濃く焼きついている。