木林文庫の一角に二本の悲しい木が立っている。一本は柳、そしてもう一本は栃の木である。
コミック作家、萩尾望都の作品集『山へ行く』所収の一篇に「柳の木」がある。一頁二点ずつの絵が19頁、38枚で描かれた物語で、いわば、一幕ものの舞台である。あるいは、固定カメラで切り分けられたフルとバストショット、アップによって静かに謳われる映像詩というべきか。
後半の5頁分までの絵はすべて川べりに生える一本の柳の木の下に佇む若い女性である。彼女はそこで堤の上を行くただ一人を見ている。晴れやかに、ときに不安げな眼差しで。
「心を残す」という言葉が浮かぶ。人の悲しみはあるとき、あるところ、ある人に心を残すことに発しているのだろう。「柳の木」を読むたびに、この言葉を思い、いつも初めてのように悲しみが流れる。
柳田国男の『遠野物語拾遺』にある栃の樹の言い伝えは文庫本の一頁に満たないけれど、この話もまた胸ふさがれる「恋歌」だ。
―― 曲栃の家には美しい一人の娘があった。いつも夕方になると家の後の大栃の樹の下に行き、幹にもたれて居り居りしたものであったが、その木が大槌の人に買われてゆくということを聞いてから、伐らせたくないといって毎日毎夜泣いていた。それがとうとう金沢川へ、伐って流して下すのを見ると、気狂いのようになって泣きながらその木の後についてゆき、いきなり壺桐の淵に飛び込んで沈んでいる木に抱きついて死んでしまった。そうして娘の亡骸はついに浮かび出でなかった。天気のよい日には今でも水の底に、羽の生えたような大木の姿が見えるということである。――
意中のイラストレーターに挿画をお願いし、この小さな「恋歌」を冊子本にしたいと夢見ている。
木林文庫コラム
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悲しい木