木林文庫コラム

  • ロシアの森(2) 森は創造の泉

    森の詩人プリーシヴィンの作品に導かれるようにして、ロシアの自然、森を創造の泉とした作家、詩人、音楽家、画家たちの、ロシアの森への憧憬を辿ることになった。

    ロシア文学者、木村浩の『ロシアの森』は、愛するロシアの風景の中に、きら星のごとき芸術家たちへの崇敬ともいうべき思いが溢れるエッセイ集だ。
    トルストイは、みずからの領地「ヤースナヤ・ポリャーナ(明るい森の中の草地)」の森のなかで、母国の自然への畏敬の念を込めて、『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』などの大作を書き、農夫として一生を終えた。「森の道を進んでいくとき、…芽をふいている自分の木の一本一本に、喜びを感ずるのだった」これは『アンナ・カレーニナ』の中の一節。中部ロシアの大自然を歌い上げたツルゲーネフのふるさと、スパスコエの森の中の散歩道は、映画『戦争と平和』の撮影に使われて、忘れがたい一シーンであった。「僕に代わって…若い樫の木によろしく
    と、故郷を焦がれ、遥かなるパリから友人に書き送っている。詩聖プーシキンの、森と湖と川の豊かなミハイロフスコエも、それなくしてはあの美しい詩が生まれなかった、創作の泉たる領地であった。
    ロシアへの思慕を奏でたチャイコフスキーと、みずからピアノを弾き、作曲もしたトルストイとの交流、チェーホフとの絆、カンディンスキー、シャガール、スーチンら、秘かなロシアへの望郷の念を描いた亡命画家たちの美的世界についても触れている。

    平凡な人々の生活に潜む人生の綾を見つめたチェーホフは「ぼくは文学者にならなかったら、園芸家になっていた気がします」と手紙に書いているほど、自分の住む領地に、嬉々としてこまめに木を植えた人であったという。
    代表作の戯曲『桜の園』は、借金のかたに入り、手放さざるをえなくなった領地の森の中の桜の樹が伐採されて幕が下りる。地主貴族の富の象徴であった桜の樹は、サクランボの樹であるということを、小林清美さんの『チェーホフの庭』で知った。自らの領地で丹精を込めて育てた白く咲き乱れる花と深紅の実のサクランボの樹を、チェーホフは他の作品で墓地の上に植えているのだ。
    チェーホフに「森の精(レーシィ)」という作品がある。後に『ワーニャ伯父さん』として改作された4幕の喜劇である。森はロシア語で「レース」、その主である森にすむ精霊は「レーシィ」として恐れられていた。深い森を切り開く者、森を通って遠くへ旅する人々は森の主に出会った。甲高く笑って人を迷わせ、青みがかった頬の緑の長い髭をたくわえたこの森の支配者は、影がなく、一番高い木の頂きまで届くかと思えば、木の葉の下に隠れることもある。第1幕で、傷つけられた森を嘆きつつ木を植え続け、村人にレーシィと呼ばれる医師はこう言う。「白樺の若木を植え付けて、それがやがて青々としげり、風にゆれているのを見ると、誇らしさで胸がいっぱいになるのだ」と。

    その「レーシィ」をはじめとする森の精霊を宥め、崇拝しながら、スラヴの人々は鋤からスプーンまで、ゆりかごから墓標まで、生活にかかわるすべてを木で作った。ロシアの諺「森に住めば飢え知らず」―森は生活の糧を得る、豊かな恵みにも満ちていたのだ。
    北方ロシアは、中世ロシアの伝統を伝える木造建築の宝庫である。『木の家』は、白海を臨むカレリア地方のオネガ湖に浮かぶ、キージという島の、300年前の木造教会や民家を訪ねた写真集である。ヤマナラシの木を使った一枚40㎝四方、3万枚に及ぶ教会の屋根瓦が銀色に光る。湖面にその容姿を映すアンサンブルは壮観である。22もの円屋根が幾重にも聳え、天に向かって偉容を誇る姿は、またはるかな地から望む人々を優しく慰める。民家の梁や窓枠、玄関や階段の精緻な木彫も見事だ。「その透かし彫りは木に刻まれたレース編みのよう」で、「樹の国、森の民」であるロシア人の繊細さが心に刻まれる一冊。本書では木とともに生きる森の国、フィンランド、ノルウエーの木造建築も楽しめる。

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